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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)103号 判決

原告 ユナイテッド ビスケッツ(ユーケー)リミテッド

右代表者 ジェイ ブライス

右訴訟代理人弁護士 小林秀之

同 松本直樹

同 松尾祐美子

同 曽我貴志

同弁理士 照嶋美智子

被告 特許庁長官 植松敏

右指定代理人 野田明正

〈ほか一名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五四年審判第三八四六号事件について平成元年一一月二四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文一、二項同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

出願人 明治製菓株式会社(なお原告において、昭和五二年三月三一日出願に係る権利を譲り受け、同年七月三一日被告に対する届け出を了した。)

出願日 昭和四九年八月二七日(同年商標登録願第一一四一九五号)

出願に係る商標(本願商標)の構成「ダイジェスティブ」の片仮名文字を横書きしてなるもの

指定商品 商標法施行令所定の商品区分第三〇類(以下、単に「第三〇類」という。)「菓子、パン」

拒絶査定 昭和五四年一月一九日

審判請求 同年四月一六日(同年審判第三八四六号事件)

審判請求不成立審決 平成元年一一月二四日

二  審決の理由の要点

1  本願商標の構成、指定商品、出願日等は前項記載のとおりである。

2  本願商標は「ダイジェスティブ」の文字を普通に書してなるところ、該文字が「消化力の、消化力のある」等の意味を有する英語「Digestive」を容易に認識させるものであることは、該欧文字とともに商品に付して実際に使用されている例があることからも認め得るところである。しかして請求人(原告)は、該文字が「消化力のある」との意味を有するものとはいえ、「消化されやすい」という意味ではないから、食品の品質表示として使用されているものではない。小麦胚芽を入れることは栄養価を高くするが、これによって特に食品の消化をしやすくする効果があるとする事実はないから、本願商標は、商標法三条一項三号に該当しない。また、本願商標は、使用者がわが国において一五年間継続してビスケット類に使用し、広く宣伝広告活動した結果、商標としての周知性を確立したものであるから、使用による顕著性を有する商標として登録を認められるべきである旨主張している。

3  そこで、本願商標の自他商品識別機能の有無について検討するに、「ダイジェスティブ」の文字が一九七三年(昭和四八年)から請求人の関連会社によって使用されている事実はこれを認めることができる。しかし、「ダイジェスティブ」なる語は英語digestiveの字音に通じ、「消化力の、消化力のある」等の意味を有することから、指定商品(食品)に使用するときは、該文字を付した商品が恰も消化されやすい食品であるかの如く、一般需要者に印象付けられる文字であって、動詞島digestと形容詞digestiveの差があるとしても、これらの語幹と認め得る「digest」の綴りを一部共通にすることから、厳密な語義の差はともかくとして、食品の「消化」にかかわる文字を食品に付することは、商品の品質を示すものと理解されるおそれが充分あるものといわざるを得ない。したがって、本願商標は指定商品に使用するときは自他商品の識別機能を果たし得ないものと判断するのが相当である。

4 次に、本願商標が使用によって自他商品の識別機能を有するに至った商標か否かについてみるに、提出証拠によっては請求人の関連会社により「ダイジェスティブ」の文字をわが国において昭和四八年八月ころからビスケット類について使用開始された事実及び商品の包装箱に内容表示的に書された「digestive Biscuits」の文字の字音表示的に「ダイジェステイブ ビスケット」の文字を使用してなる事実を認め得るのみで、本願商標である「ダイジェスティブ」の文字を指定商品「菓子、パン」すべてについて顕著に表示して使用している事実及び該文字を該商品に付して広く宣伝広告した具体的事実の証左の提出がなされていない。むしろ、請求人以外の製菓会社が該文字を商品ビスケットに顕著に表して使用している事実をみることができる。そうすると、本願商標を、使用権者が、わが国において、その指定商品について長期にわたり広く宣伝広告した結果、使用による自他商品の識別機能を果たし得るものとなったとの請求人の主張は採用することができない。

5  よって、本願商標は、商標法三条一項三号の規定に該当し登録することはできない。

三  審決を取り消すべき事由

本願商標は、商標法三条一項三号の規定には該当しないし(取消事由(1))、仮にそうでないとしても、同条二項の規定により登録を認められるべきであるのに(取消事由(2))、これらの点について審決はその判断を誤った。

1  取消事由(1)

審決は、本願商標の「ダイジェスティブ」なる語は、英語digestiveの字音に通じ、「消化の、消化力のある」との意味を有するところ、指定商品である食品に使用するときは商品の品質を示すものと理解されるおそれがあるから、自他商品の識別機能を果し得ないものと判断している。

しかしながら、英語digestiveが「消化されやすい」との意味を有するのであれば格別、審決も指摘するように「消化の、消化力のある」との意味を有するのみであり、また本願商標に係る指定商品は単なる「菓子、パン」であって、薬品や健康食品の如く消化を促進するようなものではないから、本願商標が、商標法三条一項三号にいう「その商品の品質を普通に用いられる方法で表示する」ものではあり得ない。また、本願商標は、原告の前身であるマクビティアンドプライス社が、一八九二年にその創製に係る胚芽入り小麦を粗びきにした全粒粉と粗い結晶のままの砂糖を使ったビスケットに命名し、その後英国等でマクビティのビスケットを表すものとして固有名詞ないし慣用商標化し、かかる意味のものとしてわが国でも定着した「DIGES-TIVE」を、片仮名で音読み表記したもので、もともと「消化する」という意味の動詞digestの派生語である形容詞digestiveとは無関係に選定されたものであるし、わが国において、「ダイジェスティブ」なる語が、英語としての本来の意味を離れ、「消化されやすい」との意味のものとして捉えられ、一般的に食品の品質を表示するものとして使用されているような事実もない(被告主張の原告及びその関連会社以外の製菓会社による使用例も、すべて右マクビティのビスケットを模倣した商品に関し使用されたものにすぎず、かつ、いずれも一〇年以上前にその使用が中止されている。)。

したがって、本願商標が商標法三条一項三号に該当するとの審決の判断は誤りである。

2  取消事由(2)

審決は、仮に本願商標が商標法三条一項三号に該当するとしても、同条二項により登録を認められるべきであるとの原告の主張をも否定し、指定商品たる第三〇類「菓子、パン」のすべてについて原告が本願商標を顕著に表示して使用してきた事実はないとしている。

しかしながら、原告は、わが国においても、関連会社(使用権者)である明治マクビティ株式会社を通じて、本願商標をビスケットの包装に付す等して顕著な態様で広く継続的に使用してきた。そして、右明治マクビティ株式会社が本願商標の使用の下に販売してきた商品には、一口にビスケットといっても、チョコレートをコーティングしたもの、アーモンドクリームやヴァニラクリームを使用したもの、レーズンの入ったもの等種々のものがあり、その中にはクッキー、クラッカー又はチョコレート菓子の概念に入るものもあるし、また、英国においては「ビスケット」との語は日本よりも広い概念であって、パンケーキの一種である「スコーン」をも指す概念であるから、前記明治マクビティ株式会社において、英国に由来するこれらの菓子をその名前の歴史的経緯から統一して「ビスケット」と称していても、これらは「菓子、パン」一般を指すものにほかならないから、本願商標は、その指定商品すべてについて、原告の業務に係る商品を表示するものとして認識されるに至っているものである。

したがって、この点に関する審決の判断も誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一、二は認め、三は争う。

二  被告の主張

1  取消事由(1)について

本願商標は、「消化の、消化力のある」等の意味を有する英語digestiveの発音を片仮名文字で普通に表示してなるものにすぎない。そして、英語digestiveは高等学校程度で習得すべき単語とされているところ、わが国における英語の普及度を前提とすれば、わが国の需要者が本願商標に接するときは、その付された商品が食品であることから、これを消化にかかわるものと認識するおそれが充分にあるというべきであり、そうである以上、本願商標をもって商品の品質を表示するものとした審決の判断に誤りはない(なお、わが国においても、原告及びその関連会社以外の製菓会社により「ダイジェスティブ」なる文字が使用されてきた事実がある。)。

2  取消事由(2)について

本願商標は、第三〇類に含まれる商品全部を指定商品として出願されたものであるところ、仮に本願商標が原告の業務に係るビスケットやクラッカー等の洋菓子の一部について使用されてきた事実があるとしても、右商品は本願商標に係る指定商品のごく一部にすぎず、かかる使用によっては、本願商標をもって、第三〇類に含まれる商品全部について需要者が原告の業務に係る商品を表示するものと認識できるようになったといえないことは明らかであるから、本願商標が商標法三条二項に該当しないとした審決の判断に誤りはない。なお、原告は、英国においては「ビスケット」が菓子、パン一般を指すかの如き主張をしているが、わが国において「ビスケット」が洋菓子の一部を指すものとして分類されているものである以上、右原告の主張は無意味である。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一、二(特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二  取消事由に対する判断

1  取消事由(1)について

本願商標の構成が「ダイジェスティブ」の片仮名文字を横書きしてなるものであり、本願商標に係る指定商品が第三〇類「菓子、パン」であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》をも参酌すれば、本願商標が、需要者(取引者を含む。以下同じ。)によって、字音を同じくする英語digestiveを片仮名で音読み表記したものと認識され得ることは明らかである。また、《証拠省略》によれば、英語digestiveは形容詞としては「消化の、消化力の」という意味であること、また、「消化する」という意味を有するのは動詞digest「消化されやすい」との意味を有するのは形容詞digestibleであり、以上のうちdigestとdigestiveは高等学校程度で習得すべき単語とされていることが認められるところ、右事実や近時(審決時点を含む)のわが国の英語の普及状態に鑑みれば、英語digestiveが、需要者により少なくとも「消化」に関係する形容詞として理解され得ることは推認するに難くないところである。そして、本願商標に係る指定商品が前記のとおり一般需要者の日常の用に供される第三〇類「菓子、パン」であり、薬品の健康食品ではないことを考慮すれば、本願商標をその指定商品に用いるときは、これに接した需要者の多くが、ごく自然に、その「菓子、パン」をもって、消化のよい又は消化されやすい品質を有するものと直感するものと認めるのが相当であり、また、審決も指摘するように本願商標が「ダイジェスティブ」の文字を普通に書してなるものでその外観等に格別顕著な特徴があるわけでないことも前記当事者間に争いのない本願商標の構成自体に徴して明らかである以上、本願商標は、商標法三条一項三号にいう「商品の品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するものというべきである。

この点に関し、原告は、英語digestiveは「消化の、消化力のある」との意味を有するのみで、「消化されやすい」との意味を有するものではないから、指定商品である菓子、パンの「品質を普通に用いられる方法で表示する」ものではあり得ない旨主張する。しかしながら、本願商標のように、外国語を片仮名で表記したものと認識され得る商標にあっては、当該外国語の有する厳密な語意自体よりも、当該外国語が、わが国の需要者により、その使用された商品との関連の下にどのようなものとして理解されるかという点を基準として、商標法三条一項三号該当性を判断すべきところ、正確な語意としては、英語digestiveは「消化の、消化力のある」との意味であって、「消化されやすい」との意味を有するのはdigestibleであることは前記認定のとおりであるとしても、本願商標に係る指定商品である第三〇類「菓子、パン」の需要者の大部分が、わが国のごく一般の消費者であると考えられることを考慮すれば、いずれも「消化する」との意味を有する動詞digestから派生した形容詞であって、その語幹を共通にする。digestiveとdigestibleとが、その正確な語意の差まで認識したうえで峻別して理解されるのが通常であるとまでは解しがたく、むしろ英語digestiveが、digestibleと同様「消化」に関する形容詞であるところから、その正確な語意までは意識されることなく、前記認定のように指定商品と関連付けて消化のよい又は消化されやすいことを意味する言葉として理解されるのが一般であると解され、本件全証拠に徴しても、以上の認定判断を覆すに足りる証拠は見出せない。そして、本願商標の外観等に格別顕著な特徴があるわけではないことも前記認定のとおりである以上、右原告の主張は採用の限りでない。また、原告は、本願商標は、マクビティのビスケット(マクビティアンドプライス社の創製に係るビスケットの意と解される。)を表す固有名詞等として日本でも定着した「DIGESTIVE」なる語を片仮名で表記したもので、「消化する」という意味の動詞digestの派生語である形容詞digestiveとは無関係に選定されたものである旨主張する。しかし、出願商標が品質表示に係る商標に該当するか否かは、当該商標が需要者によりどのように理解されるかで判断されるべきもので、もとより出願人がこれをどのような経緯で選定したかによって判断されるべきものではない。また、わが国の一般の消費者の間に、「DIGESITVE」なる語が、英語としての本来の意味を失い、原告主張のビスケットを指す固有名詞としてのみ定着している事実を認めるに足りる証拠もなく、仮に原告が主張するように、わが国において「ダイジェスティブ」なる語が一般的に食品の品質を表示するものとして使用されている事実がないとしても、そのことから直ちに右の事実が肯認できるものでもない。したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。

そうであれば、本願商標が商標法三条一項三号に該当するとした審決の判断は正当であって誤りはなく、原告主張の取消事由(1)は理由がない。

2  取消事由(2)について

商標が商標法三条二項の規定により登録を受けることができるのは、商標が特定の商品につき同項所定の要件を充足するに至った場合、その特定の商品を指定商品とするときに限るものと解するのが相当であり、かつ、出願商標に係る指定商品中に同項の要件を満たさないため登録を受けることができない商品があるときは、指定商品中から該商品が補正等により削除されない限り、その出願は全体として登録を受けることができないものと解すべきところ、前示のとおり、本願商標は第三〇類「菓子、パン」に含まれる商品全部を指定商品として登録出願されたものであるから、仮に原告主張のように本願商標が原告の業務に係るビスケットの識別標識として需要者の間に認識されているとしても、ビスケットが本願商標に係る指定商品の一部にすぎないものであることが明らかである以上、結局、指定商品の全部にわたって登録を受けることができないものといわなければならない。

この点に関し、原告は、明治マクビティ株式会社が本願商標の使用の下に販売してきた商品は、一口にビスケットといっても、チョコレートをコーティングしたもの、アーモンドクリームを使用したもの等種々のものがあり、その中にはクッキー、チョコレート菓子等の概念に入るものもあるし、英国においては「ビスケット」はパンケーキの一種である「スコーン」をも指す概念であるから、同会社において本願商標を使用して販売してきた「ビスケット」と称する商品は「菓子、パン」一般を指すものである旨主張するが、英国における「ビスケット」の概念如何の点は、わが国における概念をいうものではないことが明らかであるから、商標法三条二項所定の要件を充足するか否かの判断に直接かかわるところではないし、また、仮に右明治マクビティ株式会社において本願商標の使用の下に販売してきた「ビスケット」と称する商品中に正確には原告主張のクッキー等の概念に入るものがあるとしても、これらが「菓子、パン」一般を指すものと解すべき理由は見出し得ず、いずれにせよ指定商品の一部にすぎない点で変わりがないというほかないから、原告主張の点も前記判断を左右するものでないことが明らかである。

そうであれば、本願商標は商標法三条二項の規定によっても登録を受けられないものとした審決の判断は正当であって誤りはなく、取消事由(2)も理由がない。

三  以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、また、本件全証拠によるもほかに審決を取り消すべき違法の点は見当たらないから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 小野洋一)

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